100 Knocks

対話

対話にまつわる、個人的な呪いの話。

実は、人と話すことがあまり好きではなかった。

小学生の時から、友達はもちろん、担任の先生や他の大人との会話でも「相手を傷つけないように」と、やたらと気を張っていた記憶がある。正義感の強い父親から「人が嫌がることをしてはいけない」といつも教えられていたからだ。正しい教えだと思うし、感謝している。

デザイナーになってからは、クライアントやチームメイトとの会話で「相手が今どんな気持ちか」「相手はどんな言葉を求めているか」とアンテナをフル稼働させながら言葉を選んで話していたし、社内でも「コミュニケーションの主役は相手」という話をよくしていた。他者の状況や心情を想像して制作することがデザイナーの職能の一部なので、それを全うしようとしていたとも言える。

「智原くんはどんな人ともうまくやれるから安心だね」という評価は、当時の上司にもらったものだ。いつしか、「相手に合わせて立ち回ること」が自分の得意なことになっていた。プロジェクトは円滑に進められるし、たしかに長所とも言える。ただ、議論の場でだれよりも言葉を発しているのに、自分がそこに存在していないような感覚も持っていた。

時は過ぎ。振り返れば、自分は変わったなと思い、この文章を書いている。

あるときから、人に合わせることを辞めた。

言いたいことを言い、着たい服を着て、やってみたいことを口に出して、実際に挑戦する。何か大きなきっかけがあったわけではない。せっかく好きな仕事を選んで会社を経営しているのに、過度に人に合わせることで、自分自身を息苦しくしていたり、どこか「つまらない人間だなあ」という自己評価を持っていたりすることに気づいたからかもしれない。

33歳。人生は思ったよりも短そうだし、子どもが生まれて「胸を張れるものを一つでも多く世の中に残したい」という自分の意外な欲求に気づいたことも、少しは関係していそうだ。「残された時間で自分が本当に作りたいものは何か」を毎日考えている。

特に変わったのは、他者との対話の姿勢だ。

言いたいことを言う。それは幼少期からの呪いとも言える「相手に合わせること」「だれからも嫌われないこと」を捨てることであり、一方で、だれかと深く関係を築くことの始まりだったと思う。

対話の中で相手に合わせることは、表層的には相手を思いやる姿勢に見える。実際にそう信じていた。でも、本質的には「ありのままの自分を見せたら、この人は自分を嫌うかもしれない」という自己防衛と、相手への深い信頼の無さの表れだと、今は思っている。(失礼な話だ)

この数年の経験と変化を通して、自分は、表層的で綺麗な音のラリーではなく、相手と内臓をこすり合わせるような対話をしたかったんだなと気づいた。言葉にすると暑苦しく、綺麗なものだけでもなく、だれかに嫌われたり、怒られたりしてしまうことがあるかもしれないけれど。自分の言葉を持つようにしてから、人と話すことが好きになれた気がする。

自尊心と敬意を携えた、ギリギリの対話をすること。その中で、相手の本心を知ることができたり、いいものが作れたり、やりたいことが見つかったりするのではないか、などと考えている。

呪いから解放されて、生きるのがちょっとだけ楽になったなあ。